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サイード佐藤 — 443

36:41 また、われら*が彼ら(アーダム*の子ら)の子孫を、(各種の生き物で)満載された船[1]で運んだのも、(アッラー*のみが崇拝*されるべきことを示す、)彼らへの御徴である。

36:42 またわれら*は彼ら[1]にも、彼らが乗る、それと同じような物を作った。

36:43 もしわれら*が望めば、彼らを溺れさせるのである。そして彼らにはいかなる救助者もなく、救われることもない。

36:44 しかし、われら*からの慈悲ゆえ、そして(彼らに定められた)時[1]までの楽しみゆえ(、彼らを無事に運行させるのだ)。

36:45 また、彼ら(シルク*の徒)に、「あなた方の前にあるものと、あなた方の後ろにあるもの[1]を畏れ*よ。(それは)あなた方が、(アッラー*)から慈しまれるようにするためなのだ」と言われれば(、彼らは背を向け、それに応じなかった)。

36:46 そして彼らの主*の御徴[1]の内、いかなる御徴が彼らのもとに到来した時でも、彼らがそれに背を向けないことはなかったのである。

36:47 また彼らに、「アッラー*があなた方に授けたものから、(施しのために)費やす[1]のだ」と言われれば、不信仰に陥った者*たちは信仰する者たちに、(こう)言った。「もしアッラー*がお望みになれば食べさせ給うた者に、私たちが食べさせるというのか?[2]あなた方は確かに、紛れもない迷いの中にいる[3]」。

36:48 彼ら(不信仰者*)は、言う。「(復活の)この約束はいつなのか?もしあなた方が本当のことを言っているのなら」。

36:49 彼らは、彼らが(現世の生活において)議論し合っている最中に自分たちを(突然)襲う、(轟きの)一声[1]を待っているに過ぎない。

36:50 そして彼らは(その時、誰にも)遺言できないし、家族のもとに戻ることも出来ない。[1]

36:51 そして(二度目に)角笛に吹き込まれると[1]、どうであろう、彼らは墓から(出て来て、)自分たちの主*の御許へと、急いで馳せ参じて行く。

36:52 彼らは(無念がって、こう)言うのだ、「我らが災いよ![1]私たちを、私たちの寝床から蘇らせたのは誰だ?」(すると、彼らにこう言われる。)「これが、慈悲あまねき*お方(アッラー*)が約束され給い、使徒*たちが正直に語ったものである」。

36:53 (復活は、轟きの)一声に過ぎなかったのだ。そしてどうであろう、彼らは皆、(清算と報いのため)われら*のもとに連れて来られるのである。

36:54 この日、人は少しも不正*を受けることがない。そしてあなた方が報われるのは、自分たちが(現世で)行っていたこと(によるもの)以外の、何ものでもない。