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サイード佐藤 — 355

24:37 (余りの恐怖ゆえに)心と眼が頻りに反転する(復活の)その日のことを怖れ、アッラー*の唱念や礼拝の遵守*、浄財*の拠出をそっちのけにして商売や売買に勤しむことのない男たちが(、称えるのである)。

24:38 その結果アッラー*は、彼らの行った最善のものにお報いになり、そのご恩寵から彼らに(更に)上乗せし給う。アッラー*はお望みの者に、際限なくお恵みになるのだ。

24:39 不信仰に陥った者*たち、その行いは(たとえ善行を意図していたとしても)、喉がからからに乾いた者が水と思い込む、広漠な大地の蜃気楼のようなもの。やがてそこにやって来れば、そこに何も見出すことはない[1]。そしてそこ[2]でアッラー*を見出し、かれはその(行いの)清算を彼に全うなされる。アッラーは、即座に計算される*お方。

24:40 あるいは(不信仰者*の行いは、)深い海の闇のよう。それを波が覆い、その上には別の波が、そしてその上には雲が重なる。(それは)互いに重なり合う闇。自分の手を出してみても、それはほとんど見えない。そしてアッラー*が光を授けて下さらなかった者には誰であれ、僅かばかりの光もないのだ。[1]

24:41 (使徒*よ、)一体あなたは、諸天と大地にいる全ての者と、羽を広げ(つつ飛行す)る鳥が、アッラー*を称え*るのを知らないのか?全ての者は確かに、自分の礼拝と称え*方を知っているのだ[1]。アッラー*は、彼らのすることを全てご存知なお方なのである。

24:42 また、アッラー*にこそ、諸天と大地の王権が属する。そしてアッラー*にこそ、帰り先があるのだ。

24:43 一体あなたは、アッラー*が雲を追いやり、それからそれらを接ぎ合わせ、その後にそれを積雲とされるのを見ないのか?そしてあなたは、雨がその間から(降って)出てくるのを見る。またかれは、空から、そこにある山々(のような大きな雲)から、雹を下される。それでかれは、かれがお望みの者にそれを命中させ、かれがお望みの者からそれを逸らせ給うのだ。その稲光の閃光は、視力を奪わんばかりである。